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東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)2411号 判決

申請人 宮崎興惣喜

右代理人弁護士 今泉善弥

同 二宮忠

被申請人 日本自動車運転士労働組合東京支部

右代表者執行委員長 金井仁

右代理人弁護士 渡辺良夫

同 四位直毅

同 南元昭雄

主文

一  本件仮処分申請を却下する。

二  申請費用は、申請人の負担とする。

事実

第一、求める裁判

一、申請人

申請人が被申請人の組合員であることを仮に定める。

二  被申請人

主文第一項と同旨。

第二申請人の主張

一  申請の理由

(一)  当事者

被申請人(以下「組合」または「支部」ともいう。)は、昭和三三年六月自動車運転手の無料労働者供給事業を行うことのできる労働組合として結成され、同年八月労働大臣から右事業についての許可をうけ、組合員の労働条件の維持改善と生活権の擁護向上、福利厚生に関する事業、労働者供給事業の実施および失業対策事業に関する事業、その他の事業を行っているものであり、申請人は、昭和三九年一〇月七日右支部に加入し、以来その目黒分会の組合員として処遇されていたものである。

(二)  処分

被申請人は昭和四四年四月二九日の第一六回定期大会において申請人を除名したと称し、申請人に対し、組合員として有する一切の権利を認めない。

≪以下事実省略≫

理由

一  申請の理由(一)、(二)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、申請人に対する除名処分について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、被申請人の昭和四四年四月二九日の第一六回支部定期大会において、申請人ほか七名の除名が出席代議員全員の賛成で一括決議されたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫申請人は、右大会出席の通知が申請人にはなく、大会入場後意見陳述中に退場を命ぜられたと主張するが、このような事情は、右認定のようになされた決議を不存在のものとする事由にはならない。また、申請人は、右大会の招集通知には、申請人らの除名提案が議題とされていず、申請人に対し、右大会で除名提案がなされることおよび弁訴、控訴の権利のあることが通知されなかったと主張するが、この点に関する≪証拠省略≫の一部は措信し難く、その他に右主張を肯認するに足りる疎明はない。却って、≪証拠省略≫によれば、申請人は、右大会前の同月下旬ごろ被申請人の書記長から、大会の日時、案件、申請人の統制案件が提出されること、それに対し申請人に弁明の機会が与えられることを告げられ、さらに、同月二七日組合役員から書面による右大会開催の通知をうけ、大会当日は、会場入口において議案内容を記載した文書も配布され、申請人は、弁明の機会を与えられ弁明したが、後記唐沢、稲川問題に関する個人的誹謗に終始し、弁訴権の行使十分と判断されて議長から退場を命ぜられたことが認められる。したがって、申請人の右主張は理由がない。

(二)  つぎに、被申請人の主張する除名事由について検討する。

1  組合費滞納

被申請人の昭和四三年三月二〇日の第一四回定期大会において規約改正がなされ、毎月末日までに翌月分の組合費を分会を通じて支部に納入することとなったことおよび右規約改正が原始規約第六三条により規約改正は組合員の直接無記名投票によらなければならないとされているのに違反し、代議員の決議により行われたことは、当事者間に争いがない。被申請人は、右規約改正手続の瑕疵は治癒されたと主張し、≪証拠省略≫によれば、右規約改正は、原始規約第五八条第四号の制裁事由「正当な理由なく組合費を一ヶ月以上滞納したとき」を「正当の理由なく組合費を滞納したとき」と改め、あらたに、第五五条として、「組合費は前納制とし、毎月末までに翌月分組合費を分会を通じて支部に納入するものとする」との規定を設けたもので、被申請人は、その趣旨、内容について組合機関紙、分会掲示板の掲示で教宣を行い、また、分会ごとの全体集会で役員らが説明して組合員に周知徹底を図り、ただちに改正規約を適用することなく、これを同年七月分の組合費から完全実施することとして、同年六月分までは原始規約による一ヵ月の猶予期間を漸次短縮して徴収し、組合員も、右改正手続および内容になんら異議なくこれに従ってきたことが認められる。しかし、右規約改正は以上のように制裁事由の一つである組合費滞納の要件を厳格にするもので、組合員の利益に重大な影響を及ぼすものであるから、規約にもとづく正当な手続を経ない以上無効というほかなく、組合員に周知徹底し、組合員に異議がないことによって有効になるものということはできない。このことは、被申請人主張のような、規約改正を無効とすることによる組合運営上の支障等の事情を考慮してもなんら異なることはない。したがって、申請人に除名事由に該当する組合費滞納があったかどうかは、前記原始規約第五八条によって判断しなければならない。

(1) ところで、申請人は、同年七月一〇日ごろ同年七月分の組合費等として納入すべく金一、九〇〇円を提供したと主張するが、≪証拠判断省略≫右主張を肯認するに足りる疎明はない。したがって、右組合費等の納入について他に主張立証のない以上、申請人は、前記除名決議当時原始規約第五八条第四号にいう「組合費を一ヵ月以上滞納したとき」に該当していたものといわざるを得ない。もっとも、≪証拠省略≫によれば、被申請人が、同年七月二日申請人に対し、同年七月分の組合費等の滞納を理由に、被申請人主張のような内容の除籍処分をし、さらに、同月一一日の支部執行委員会の議を経て、同月一五日支部委員会で権利停止処分を決定し、いずれもそのころ申請人に告知したこと(除籍の決定、通知は当事者間に争いがない。)が認められるので、被申請人としては右各処分により組合費の受領に関して強固な拒否の意思表示をしたもので、このような場合には、申請人には、組合費納入のための口頭の提供も必要ではなく滞納の責任もないと解されないでもないが、申請人が組合費等を納入しなかったのは、被申請人の右のような強硬な態度に起因するものではなく、後記認定のように唐沢、稲川問題の処理に対する不満からであり、右が理由のないことは後記認定のとおりである以上、結局、申請人は組合費滞納の責任を免れない。

(2) また、申請人は、組合費等を納入しないことについては正当な理由があると主張する。この点に関しては、支部池袋分会長唐沢修一が、昭和四二年一一月右分会で徴収した組合費約金三六〇、〇〇〇円を紛失し、さらに、昭和四三年四月中右分会の同年三月分の組合費のうち約金一六〇、〇〇〇円を使い込みしていることが判明し、右について申請人主張のとおりそれぞれ解決されたが、支部執行委員である同人の二度にわたる不祥事についての支部執行部の責任も重大であるとして、同年四月二一日執行部全員が辞任し、その際、道義的責任として(イ)謝罪すること(ロ)役職上の立候補を遠慮することなどを決めたが、その後行われた執行部改選選挙に前執行部が全員立候補して当選し、稲川前財政部長も当選して再び財政部長に就任し、同人は、同年六月下旬得票数に誤りがあるとして落選と決定し、事務引継ぎまでの間財政部長の職務を行ったことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、申請人は、右唐沢の不祥事は、分会の徴収した組合費について督促監督すべき立場にある稲川財政部長が加担しているとの疑いを抱き、当時組合員の間でも「刑事問題にせよ。」という声もあって、同人が責任をとることを主張していたが、右のように辞任、再選、再就任したことに不満を持ち、組合役員に対し、同人を処分しないことの説明を求め、納得する説明のない限り組合費を納入しないという態度を終始とっていたことが認められる。しかし、≪証拠省略≫によれば、唐沢の約金三六〇、〇〇〇円の紛失は置引きによる盗難で、昭和四二年一一月二三日ごろ支部委員会で同人が報告し、同委員会で調査団を設け調査の結果右のとおりと判明して申請人主張のような分割返済を決定し、昭和四三年三月二〇日の定期大会で、同人が池袋分会長を辞任し、役員改選に立候補しなかったこと、また、組合費約金一六〇、〇〇〇円の使い込みは、後任の分会長が就任後発見したもので、執行委員会において申請人主張のような解決方法を決定し、同年四月二一日の支部委員会は、執行部全員の総辞職と唐沢の権利停止、大会除名提案を決定し、以上の経過については、支部機関紙に掲載配布し、各分会に掲示し、各分会全体集会にも報告した後、同年六月九日の第一五回臨時大会において報告承認を得、唐沢は除名され、稲川財政部長は無関係とされたもので、同人は、同年一月財政部長に就任し、前記のように再選後は事務引継ぎのため短期間財政部長の職にあったにすぎないことが認められ、右認定に反する申請人本人尋問の結果の一部は措信できない。したがって、右認定事実からすれば、右各事件の処理については、被申請人としては一応正規の手続をとったものというべく、特に不公正さを疑うべき点はないから、申請人において前記疑念を根拠づける具体的事実の疎明のない以上、申請人の右処理に対する不満ならびにこれを理由とする組合費不納入は合理的な理由があるものとは認め難く、申請人の右主張は採用できない。

2  その他の除名理由

(1) 被申請人は、申請人が従来から支部や分会の役員、組合員に対し、誹謗する言動を数多く重ねてきたと主張するが、これを認めるに足りる疎明はない。

(2) 申請人が、除籍後の昭和四三年七月六日土橋商店に就労したことおよび同月七日ごろから一〇日ごろにかけて連日のように目黒分会事務所に赴いたことは、当事者間に争いがないが、右就労について申請人が組合書記を威迫したとの被申請人の主張を認めるべき疎明はない。そして、≪証拠省略≫によれば、申請人が右のように連日飲酒のうえ目黒分会事務所に赴き、飯沼書記長、石渡分会長らに対し、前記除籍処分について「除籍される覚えはない。」、「とんでもない奴だ。お前も必らずやってやる。覚悟しろ。」とか、また、前記唐沢、稲川問題に関し、「白紙撤回しろ。」、「お前自体共犯だ。」などと抗議、誹謗したことが認められ、右認定を覆えすに足りる疎明はない。

(3) ≪証拠省略≫によれば、申請人が、昭和四二年一二月末の正午ごろ被申請人事務所において、かねて、申請人が、以前全自交傘下のアサヒ交通労働組合に所属していた当時休日出勤の割増金を会社に要求したのに対し全自交が応援しなかったことを非難していたことに関し、当時の支部執行委員小黒七郎と論争のうえ、同人が手にしていた丼のうどんを同人の顔面に投げかけたことが認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

(4) ≪証拠省略≫によれば、申請人が、同年四月ごろ支部事務所において、申請人が道路交通法違反に問われたことを不当として、当時の委員長志村と論争中、同事務所で共済金の帳簿をつけていた共済会会計担当の高橋秀典から「静かにしてほしい。」、「自分も罰金をとられたことがある。罰金は罰金として納めるべきだ。」といわれたことに憤慨し、「役員のくせに罰金を払うのは生意気だ。」などといって、右帳簿のうち一〇数枚を破り、さらに、その約一週間後、目黒分会事務所において、帰宅しようとしていた同人に対し、「生意気だ。」といって、同人の胸倉をつかんで壁に押しつけ、殴りかかろうとしたが、当時の分会長石渡に制止されたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(5) ≪証拠省略≫によれば、申請人が、昭和四四年二月中旬ごろの夕方、飲酒のうえ目黒分会控室を訪れ、居合わせた組合員に対し、組合費滞納、除籍処分等に対し、「自分は悪くない。」と訴えていたところ、前記飯沼書記長、泉沢池袋分会長から、「話があるなら地裁でいってほしい。組合としては筋のとおったことをやっているつもりだ。静かに帰ってほしい。」といわれて、右飯沼に対し、「お前なんか認めていない。」、「やれるもんなら、やってみろ。」などといって、体を押しつけ数回小突くなどの暴行を加えたことが認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

(6) 申請人が、昭和四三年三月二〇日の第一四回定期大会における組合費前納制の決定に違反したとの被申請人の主張は、前記のように右決定が無効である以上、理由がない。しかし、申請人が、同年六月九日の第一五回臨時大会における唐沢、稲川問題の処理に関する決定に対する不満から組合費を納入せず、また、組合役員に対し非難を繰り返していたことは前記認定のとおりである。

(三)  ところで≪証拠省略≫によれば、被申請人の原始規約第五八条は、「本支部の組合員が次の行為をしたときは制裁をうける。1綱領、規約及決議に違反したとき2組合の名誉を汚したとき3組合の統制を乱したとき4正当な理由なく組合費を一ヶ月以上滞納したとき」と規定し、同第五九条は、「本組合の制裁は権利停止、除名の二種とする。制裁は統制部会に於て審議し決定事項を執行委員会に具申し、制裁を行う必要ありと認めた場合はこれを請求する。権利停止は執行委員会が執行し、除名は委員会が大会に申告し大会で決定する。」としており、前記(二)1の組合費滞納が右第五八条第四号に該当することは明らかであるが、同(二)2(2)の事実は、唐沢、稲川問題についての非難は別として、前記除籍処分が規約改正を前提としてなされたもので被申請人側にも責むべき点があり、同2(3)、(4)の各事実も単に組合員間の争いで、いずれも同条第一ないし第三号に該当するとはいえない。しかし、≪証拠省略≫によれば、被申請人組合は、組合員を臨時に派遣就労させる業務を行っているもので、組合員が極度に流動性を帯びその数の把握が困難であるにかかわらず、東京都庁および職業安定所の行政指導監督をうけて毎月末日に組合員数と就労あっせん数を報告し、また、随時その監査をうけ、二年に一回許可申請書を提出し直し、その際過去二年間の実績と向う二年間の業務計画等を提出する必要があり、以上のことから、組合費の納入は、組合員数の把握と組合財政確立のため絶対に必要で組合存立の基礎をなすものであることが認められる。したがって、申請人が組合費を滞納し、しかもその理由が前記のとおりである以上、前記(二)2(5)、(6)の各事実は、同条第一号にいう「綱領及決議に違反した」ものといわざるを得ない。そして右のような統制事由と同2(2)ないし(4)の申請人の言動を併せ考慮すれば、申請人を組合内にとどめておくことは、組合の正常な活動を害し、組合の団結を乱すものとして、被申請人が、申請人を除名により排除したことは、やむを得ない措置といわざるを得ない。

(四)  申請人は、右除名処分は権利の濫用であると主張し、申請人と同じころ除籍されたものが多数あったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右のうち大部分が再加入申込または組合費納入で組合員の資格を維持し、申請人以外に除名処分になった者のないことが認められるが、申請人の除名事由が前記認定のとおりであることを考慮すれば、右除名処分をもって、特に申請人に対し、均衡を失し、信義則に違反した苛酷の措置ということはできない。したがって、申請人の右主張も採用し難い。

三  以上のとおり、申請人に対しなされた除名決議は、その手続、内容のいずれの点においてもなんら違法ではなく有効であるから、右決議が不存在または無効であることを前提として、申請人が被申請人の組合員であることを仮に定めることを求める本件仮処分申請は理由がなく、失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田宮重男 裁判官 島田礼介 戸田初雄)

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